親子であり師弟関係でもある父からの学び
原監督のお父さんは、原貢(はらみつぐ)さんです。アマチュア野球の指導者で、東海大相模高校や東海大学でも野球部の監督をされていました。どちらの学校でも原監督とともに野球部で関わり、「親子鷹」の関係でした。
自分が監督をしているところに息子が来るわけですから、そりゃあもう溺愛・・・していたわけではなかったようです。他の部員から同情の声が上がるほど、ものすごく厳しかったのだとか。それでいて、家では優しいお父さん。「おい、これ食べるか?」なんてことも、日常茶飯事だったようです。
忘れられない言葉と受け継がれる価値観
原監督は著書で、お父さんから贈られた言葉で忘れられない言葉が3つあると語っています。
一つ目は、「辰徳、お前よう頑張ったな。でも、おれもきつかったぞ」です。親ならだれでも、自分の子供がかわいいもの。高校・大学と、厳しすぎるほど厳しくするのは、「ひいき」と言われないため。親としても苦労がうかがえますよね。
二つ目は、「私は、おぎゃあと生まれてきたコイツの顔を見て、“健康な体を作ってやろう”と思ったんです。それだけは、親としてコイツにしてやろうと心に誓っていたんです。」というもの。原貢さんは、原監督を野球選手にしたかったわけではないんです。ただ、一人の人として、立派に成長してほしかった。そのために、自分にできることは「健康な体を作ってやること」。強い決意や覚悟が伝わってきますよね。
三つ目は、原監督が現役を引退するきっかけになった言葉。「お前は一人の人間として、これからの人生の方が長いんだ。だから、少し余力をもってやめるのが、次に必ずつながるぞ。」
プロ野球選手にとって、引退のタイミングは非常に難しいもの。自分の体、プライド、視線、評価・・・。どうしようかと思っていた時、この言葉をもらったそうです。
一般の社会でも、タイミングを自分で決めなくてはいけない瞬間って、ありますよね。その時は、この言葉を思い出したいものです。
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2022.10.12
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