M&A事業承継

企業価値算定の分かれ道。純資産法orDCF法どっち?

テーマ
M&A、事業承継
執筆
公認会計士、投資銀行勤務

M&Aや事業承継をする時、企業価値評価の方法(バリュエーション方法)をどうするかは議論になりやすい点です。
将来会社が生み出す価値を反映したDCFなのか、シンプルでわかりやすいが会社の実力を反映していない可能性が高い簿価純資産法・修正簿価純資産法(=時価純資産法)なのか、企業価値計算を行うにはどちらが良いのでしょうか。
公認会計士有資格者であり、投資銀行でM&Aに従事した経験がある筆者が説明します。

企業価値算定 純資産法とDCF

純資産法とDCF法では、バリュエーション(企業価値算定)の結果が大きく異なる

純資産法(簿価純資産法、修正簿価純資産法、時価純資産法)とDCF法では、バリュエーション(企業価値評価)の結果が大きく異なる

純資産法(簿価純資産法、修正簿価純資産法、時価純資産法)とDCF法(割引キャッシュフロー法:Discounted Cash Flow Method)の比較を各観点に分けて説明していきます。

一般に純資産法は大企業のM&Aにおける企業価値評価で主要な手法として採用されることは稀ですが、DCF法との比較を通じて何がメリットで何がデメリットかを明確にしていきたいと思います。なお、中小企業のM&Aでは時価純資産法(=修正簿価純資産法)を利用されることもあります。

DCF法もファイナンスに理論的には正しいと言われることが多いですが、実際に企業価値の計算で採用するにあたりデメリットも当然存在しますので、バリュエーションをどうすべきかについて解説していきます。

簿価純資産法、時価純資産法

純資産法は、企業価値算定のシンプルさは◎、将来収益性の反映は☓。

純資産法は、企業価値計算がシンプルさは◎、将来収益性の反映は☓。

▼「時価純資産法」で忘れがちな価格調整とは?

 

ここでは、企業価値を計算する際に純資産法とDCF法において計算の簡便性という観点から述べていきます。結論から言うと、純資産法の方が計算の客観性・簡便性・明瞭性という点ではDCF法よりも優れています。

純資産法(簿価純資産法、修正簿価純資産法(=時価純資産法))は、企業の貸借対照表に記載されている純資産(資産と負債の差額)を基礎に計算されるので、監査済みの数値であり正確性・客観性が担保されているといえます。また実際にM&Aにおいては貸借対照表に計上されている純資産の金額に資産の評価額(不動産等)、評価損を加味して修正簿価純資産法を採用することも多いです。

修正簿価純資産法においても、計算方法は評価基準日の貸借対照表に、資産の時価評価額や資産の評価損を加味して計算するので非常にシンプルな計算ロジックになります。

ただし、BSの純資産とは、過去に上げた収益が蓄積された部分です。かこにどれだけ収益を上げて資産を蓄積したか、また現時点で資産価値がどの程度あるかは把握することができるのが純資産法ですが、一方で、あくまで現時点のBSに着目するため、今後の成長性や将来収益性は考慮されていません。

 

▼設備投資など、M&A時に要注意なBS上の資産の取り扱い方法についてはこちら

 

 

 

DCFは、企業価値算定の将来収益性の反映は◎。シンプルさ☓。

一方でDCF法は端的に言えば、将来のキャッシュフロー(厳密にはアンレバードフリーキャッシュフロー)を、割引率で割り引いて事業価値を計算する手法になります。ただし実際にはキャッシュフローの見積や、割引率の計算に用いるマーケットデータの取得等が必要であり、純資産法に比べると複雑な計算やコーポレートファイナンスの理解が必要になります。

EV=事業計画期間のアンレバードフリーキャッシュフローの現在価値+継続価値の現在価値

ここで継続価値とは、事業計画期間以降のアンレバードフリーキャッシュフローの合計になります。継続価値は一般的には事業計画期間の最終期のアンレバードフリーキャッシュフロー:

継続価値(Terminal Value:TV)=FCF(1+g)/(r-g)

DCF法のデメリットとして、事業価値の計算結果のうち70-80%超が継続価値を占めてしまうというデメリットもあります。

特に継続価値の計算結果を構成するのが分子の事業計画最終年度のアンレバードフリーキャッシュフロー、および割引率(ここでは加重平均資本コスト:WACC)と永久成長率ということもあり、WACCと永久成長率の2つの変数に影響され価値が大きく変化するというデメリットもあります。

 

WACCの計算においても、WACC計算の基礎になるβをどの類似上場会社から取得するか、最適資本構成の水準はどの程度を見積もるか、負債コストの見積はどうするかといった様々な論点があるので、クライアントに納得感を持って説明できるように理論武装しないといけない点で、純資産法に比して明らかに計算上の負担が大きいというデメリットもあります。

またDCF法では、(一般的な事業会社の企業価値評価を想定すると)将来の事業計画期間のアンレバードフリーキャッシュフローは、当該キャッシュフローが期中を通じて平均的に発生するという仮定に基づいて期央主義を採用します。そのため、キャッシュフローの割引係数の計算時にはその点を考慮してディスカウントファクターを計算する等の計算上の実務ポイントもあります

 

▼Net Working Capitalの算定歩法はこちら

 

 

 

企業価値算定時は純資産法よりも、将来の企業成長を反映したDCFを主観に考えるべき。

M&Aは将来の企業成長を期待して買収するもの。であればDCFを主観に考えるべき。

このように純資産法とDCF法では、計算における簡便さのみならず、計算上に考慮すべき論点の多さがDCF法の方が圧倒的に多いので経験とコーポレートファイナンスの知識が重要になってきます。

純資産法は貸借対照表の純資産をそのまま使用する評価手法ですので、企業の将来の収益力を反映していません。一方で、DCF法では、アンレバードフリーキャッシュフローを基礎に計算します。すなわち、将来得られるキャッシュフロー(営業利益として得られる金額に類似)を、将来永続的に得られる合計金額に計算し直して、それを企業価値とします。すなわち、企業の将来収益力・キャッシュフロー創出力に基づいた企業価値評価ができると言えます。

>>次ページ:実務での採用可能性 投資銀行で使われるのはなにか?

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