M&A事業承継

M&Aで運転資本/Net Working Capitalに注目すべき理由とは?

テーマ
M&A、事業承継
執筆
公認会計士、投資銀行勤務

M&Aで企業価値算定を行う際に実施する財務デューデリジェンス(FDD)。今回は、財務デューデリジェンスにおいて必ず見るべき論点について解説していきます。重要な論点として正常収益力・ネットデット・設備投資(CapEx)・運転資本・時価純資産がありますが、今回は運転資本に関する記事になります

 

運転資本とは

運転資本/Net Working Capitalとは?M&Aの企業価値算定時に注目される背景は?

運転資本とは、一般的には売上債権(売掛金・受取手形・営業未収金など)、棚卸資産(商品・製品・原材料・仕掛品・半製品)、仕入債務(買掛金、支払手形、営業未払金など)から構成されるものを言います。これらの営業項目から構成される運転資本を営業運転資本ともいいます

また、より広義には、上記の営業運転資本以外にもその他の貸借対照表項目も含めた運転資本項目をNet Working Capitalともいい、分析対象になります。

 

財務デューデリジェンスでは、運転資本はエグゼクティブサマリーに必ず記載される重要項目の一つであり、特にキャッシュフローに影響する項目である事から、事業会社のみならず、プライベートエクイティファンドが重視することになります。

 

 

DCF法の計算でも運転資本の増減が組み込まれている

事業会社にとっても、M&AにおいてDCF法でバリュエーションを行う際は、アンレバードフリーキャッシュフローが基礎になりますので、アンレバードフリーキャッシュフローの計算では税引き後営業利益に償却費を加算、運転資本の増減額と設備投資を減額して、その数値を計算します。計算要素を構成する運転資本の増減額は、将来の計画期間における運転資本水準で変わりうるので正確に事業計画期間の運転資本を見積もることがキーになります。

DCF法では将来の売上高および売上原価をOperating model上で計算していますので、当該数値に売上債権回転日数(DSO:Days Sales Outstanding), 棚卸資産回転日数(DIO:Days Inventory Outstanding), 仕入債務回転日数(DPO:Days Payable Outstanding )を乗じて、将来の予想運転資本残高を計算します。なお、実務上は将来の運転資本回転日数は過去の回転日数の平均値ないしは直近の数値を参考に試算することが多いです

分母になる売上高・売上原価はフロー項目になりますので、期首期末の売上債権・仕入債務・棚卸資産の平均値を別途計算して、回転日数の計算を行う必要があります。

 

 

運転資本の増加=キャッシュフローにマイナス影響

運転資本が増加する場合は、キャッシュフローにマイナスの影響があり、運転資本の減少の場合はキャッシュフローにプラスの影響があります。実際に分析を行う際は、各運転資本項目の回転日数を計算し、それが事業計画期間においてどの運転資本の回転日数を採用すべきかは議論になりますので財務デューデリジェンスにおいて、正常化した場合の運転資本の回転日数がよく分析されることになります。

 

運転資本は一般的なメーカーであれば、上記の売上債権・棚卸資産・仕入債務が営業運転資本項目になりますが、建設業であれば未成工事支出金なども運転資本項目になりますので、業種やビジネスモデルによって何が運転資本を構成するかは慎重に判断する必要があります。

運転資本分析とは

通常時の運転資本を見極めるための運転資本分析

 

なぜ正常化調整した運転資本分析が大事なのか

財務デューデリジェンスにおいては、監査済の財務諸表を基礎に計算した回転日数のみならず、正常化した回転日数の計算を行うことが重要になります。正常化された運転資本は、Normalized Working Capitalといい、海外案件の財務デューデリジェンスレポートでも必ず記載されている分析項目です。

 

これは、運転資本項目のなかには、長期間滞留している売掛金や、販売不可能となっている棚卸資産、仕入先から支払猶予を受けている買掛金等が含まれていることがあり、これらの正常な営業循環取引にはならない項目を調整し、企業の実態を示す正常な運転資本の水準を算定することが、適切な企業価値評価につながるためです。

ほかにも、滞留債権のみならず、直近でスポットの大口受注により売上債権が過大になっている場合は、当該運転資本の水準は本来よりも大きい数値になっている可能性があります。

EBITDAの項目でも正常化調整を行うのと同様に、運転資本についても、上記のような非経常的な取引、企業の営業循環外の項目を調整することが肝要になります。

 

正常化調整を行う項目の例:滞留債権

上記の正常化運転資本において説明したように、売上債権の中には回収可能性が低いもの、もしくは貸し倒れてしまい回収できなかった債権も存在しうるのでこれらの項目を調整していくことが正常化調整後の売上債権、および売上債権回転日数の計算に役立ちます。

財務デューデリジェンスでは、Q&Aシートを基礎にヒアリングを実施し、これらの営業外項目を認識、もしくは回収期間や取引条件等を得意先ごとに分析しながら進めていくことが多いです。

 

正常化調整を行う項目の例:滞留在庫

滞留在庫も同様に、メーカーの財務デューデリジェンスにおいては非常荷重要な論点になります。メーカーでは工場において長い間使用されていない原材料や半製品等が存在するケースもありますし、製品や商品についても相当期間顧客に対して販売されずに在庫としてとどまっている場合は、当該棚卸資産はキャッシュに変わることなく回収されないことになります。

そのため財務デューデリジェンスにおいては、在庫の回転日数やQ&Aシートを使用して販売されていない在庫はないか、使用されずに工場内に残っている不良在庫はないかということを確認していきます。

正常調整を行った後の棚卸資産の水準が分かれば、正常化調整後の棚卸資産回転日数も計算でき、正常化調整後運転資本の計算に役立ちます。

 

今回は、M&Aの企業価値算定に影響を及ぼす財務デューデリジェンスにおいて、重要な着目要素である運転資本と、その分析方法について説明しました。今回の内容は専門性が比較的高い者ですが、何度か繰り返し読み理解を深めましょう。M&Aで失敗しないために是非身に着けてください。

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