M&A事業承継

時価純資産法を知らずM&Aや事業承継はできない!?(企業価値算定)

テーマ
企業価値算定
執筆
公認会計士

事業承継を行う際の検討オプションの一つとして、M&Aが考えられるます。
企業買収により、経営権を他社に譲る・譲り受ける方法です。

この際に、議論となるのが買収時の企業価値の算定です。ニュースで取り上げられるような大型のM&Aでは、DCF法を用いて計算がされます。こちらのほうが将来の企業の収益性を買収価格に反映することができるためです。しかし、手間がかかります。

一方、中小企業の間で行われる中・小型のM&Aでは、時価純資産が採用されることも多くあります。なぜならば、将来の収益性という予測が難しい議論を避けて簡易に企業価値を決定することができるためです。企業の貸借対照表(BS)に着目し、企業価値を決定します。ここでは、中小企業のM&Aを行う上で、見逃すことができない時価純資産法の理解を深めましょう。

企業価値算定 時価純資産法

事業承継時の企業買収(M&A)では、DCF法よりも時価純資産法(アセット・アプローチ)が企業価値算定に用いられやすい

事業承継時の企業買収(M&A)では、DCF法よりも時価純資産法(アセット・アプローチ)が用いられることも多い

今回は、財務デューデリジェンスにおいて必ず見るべき論点について解説していきます。重要な論点として正常収益力・ネットデット・設備投資(CapEx)・運転資本・時価純資産がありますが、今回は時価純資産に関する記事になります

アセットアプローチ(純資産法)は、企業価値算定の争点が生まれる余地が少ない

時価純資産とは、会社の貸借対照表の資産と負債の差額である純資産(簿価)に、資産の含み益、含み損等を考慮した時価ベースの純資産の金額になります。修正時価純資産もしくは実態時価純資産法ともいいます。

 

財務デューデリジェンスでは、時価純資産も重要な分析項目になります。実際の貸借対照表の簿価ベースの純資産には資産の含み益や含み損は考慮されておらず、企業の清算価値が反映されていないことになりますので、ネットデットと併せて分析します。

そのため、実質的な簿価の金額を把握するために不動産の時価評価額、資産の含み損、潜在的な債務の存在等を考慮して実態時価純資産を計算します。

 

時価純資産は、会計上の帳簿価額を基礎とするため「数値の客観性」という観点から他の評価方法に比較して利点となります。

実務上は帳簿価額と時価が大幅に乖離している場合などは簿価をそのまま利用することができないため、一部の資産・負債について時価へ修正して用いるケースもあり、これが修正時価純資産法になります。

 

実務的には、相続税の財産評価基本通達における小規模企業の評価方法が純資産法等のアセット・アプローチを採用していることから、中小零細企業の株式評価では多用される結果となっています。

また、マルチプル法やDCF法は上場企業やプライベートエクイティファンドなど、当事者がある程度専門知識を有している場合は、よく使用されるものの、中小零細企業など当事者が納得・理解できる合理的な知識・見積りの説明が困難なことが多いこともありますので、アセット・アプローチが採用されやすいことがあります。DCF法と異なり、”将来の収益力”は、加味されにくい反面、将来の収益性について、売り手と買い手で価格の目線が大きくズレて激しい議論がなされる可能性が小さいという利点があります。

 

時価純資産法での修正

企業価値算定で時価純資産法を用いる際には、BS上の資産価値を時価に修正

時価純資産を用いる際には、財務デューデリジェンス(FDD)で、BS上の資産価値を時価に修正

財務デューデリジェンスの実務では、対象会社の過去の財務諸表を入手し、当該財務諸表を基礎にまずは簿価ベースの純資産の数値を確認します。

時価純資産を分析する場合は、直近の決算期もしくは直近の月次の財務諸表を基礎に計算することが多いと思われますが、時価に関する情報は、保有する土地、不動産の時価情報をQAにより入手、また含み損が生じている資産を考慮して時価純資産の調整を行います。

 

資産・負債の各項目について時価評価し、時価純資産を算出し株式評価する手法ですので、売上債権の滞留債権や棚卸資産の滞留在庫を評価減したり、退職給付債務や損害賠償等の簿外処理されている可能性のある負債をオンバランスするなどして潜在的債務・負債を調整し、時価純資産を算定します。

上記のように、時価純資産法は、個別項目ごとに時価を把握できる財務諸表項目を認識し、それらを積み上げて時価純資産を求める手法ですので、客観性のある会計数値をベースにしている点で信頼性もあります。

 

中小企業のM&Aでは、大企業の案件とは異なり、一般に公正妥当な会計原則に基づいて財務諸表が作成されていても、会計士による監査が入っていないこともあり、財務上のリスクを考慮して時価純資産で実態BSを考慮していく必要があります。

 

事業承継(M&A)での企業価値算定時の調整項目3選

M&Aの注意点は”非上場企業”、”退職給付債務”、”偶発債務・潜在的債務”、”土地・不動産等”

企業会計基準に縛られない中小企業では、税務上の損金計上要件が厳しいことや資金調達の関係から黒字計上を望む等の理由により、長期滞留債権・長期滞留在庫が簿価のままで計上されていることもあり、純資産の金額が実態を示していない例も多いです

そのため中小企業、零細企業のM&Aでは中小企業特有の財務リスクを意識しながら時価純資産を計算することになります

他にも再生案件など、企業の倒産や清算が論点になるような案件では、実際に企業を清算した場合の価値を計算する必要がありますので、時価純資産法を用いて株式価値を分析する必要があります。

 

時価純資産法で調整が必要な項目の例①:「非上場株式」

非上場株式など時価が入手困難な項目であっても、当該企業の計算書類等が入手できる場合には入手できた貸借対照表を用いて簿価純資産法や修正簿価純資産法を適用して時価評価することが適切でしょう。

特に、中小企業の場合には債務超過状態もしくは休眠状態の子会社・関連会社株式を保有していることも多く、これらの株式に対して適切な修正を行わないと実態BSが表示できないことになります。

 

時価純資産法で調整が必要な項目の例②:「退職給付債務」

非上場企業等の場合では、退職給付会計が適用されていないケースが多いです。そのため従業員に対して十分な退職給付引当金が計上されていない可能性が多分にあります。

特に、企業規模に比して従業員を多く抱える企業では、退職金規定等の精査も含めてデットライクアイテムである退職給付債務の測定は非常に重要な論点になります。

 

時価純資産法で調整が必要な項目の例③:「偶発債務・潜在的債務」

法的な係争事件や、現在BSには計上されていないものの、今後一定の事象が発生することによりキャッシュアウトが発生するような潜在的債務は、時価純資産法の採用において考慮する必要があります。

 

時価純資産法で調整が必要な項目の例④:「土地・不動産等」

土地や不動産などの有形固定資産に計上されている項目に関しては、土地は取得時の簿価で計上されています。ゆえに時価を反映する場合は不動産も含めて不動産鑑定士による評価がある場合は、時価を把握し資産の含み益がある場合は時価純資産に反映する必要があります。

 

 

今回は、中小企業のM&Aにおいて、特に利用されることも多い、時価純資産法について、詳しく解説しました。
事業承継やM&Aの実施を検討している方はぜひ参考にしてみてください。

Biz人 編集部

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